東芝が誇る原子力発電の研究施設にその男はお忍びでやってきた
 東芝が誇る原子力発電の研究施設にその男はお忍びでやってきた。ビル・ゲイツ。言わずと知れた米マイクロソフトの創業者だ。経営を退いて2年。舞台を原発に移し、再びビジネスの世界で動き出した。その狙いは…

東芝事業所、お忍びで視察

 温かいもてなしに感謝します!最初の訪問者となり、すばらしい技術を見ることができ光栄です!

ゲイツ直筆のメッセージ
 2000人近い東芝グループの原発技術者が働く横浜事業所(横浜市磯子区)。半年前にできたばかりの真新しい「磯子エンジニアリングセンター」には、訪れた人が記念のメッセージをつづる分厚いノートがある。黒い表紙をめくると1ページ目に、ゲイツ直筆のきちょうめんな文字が並んでいる。右の写真がそれだ。

 自ら資金支援する原子炉開発のベンチャー企業、米テラパワー(ワシントン州)の幹部ら3人とともに、ゲイツがやってきたのは2009年11月6日だ。東芝会長の西田厚聡、社長の佐々木則夫と都内で朝食を済ませた後、9時から事業所内を視察した。東芝が開発する小型原子炉「4S」の仕組みについて説明を受け、最新の試験設備などを見て回った。

 訪問の直前。東芝からマイクロソフト日本法人に1本の問い合わせがあった。「ゲイツ会長の食べ物の好みを教えてほしい」。東芝首脳との会食をセットするためだった。この質問にマイクロソフト日本法人は混乱。11月初めには最高経営責任者(CEO)のスティーブ・バルマーが新型OS(基本ソフト)のピーアールなどのために来日予定だったが、ゲイツが来るとは聞かされていない。「人違いでは…」。ゲイツの視察はそれほどの極秘行動だった。

ゲイツが訪れた東芝の磯子エンジニアリングセンター(横浜市磯子区)

 東芝の現場はゲイツの熱心さに驚かされたという。「これは相当、勉強しているな」。案内役をつとめた技術担当者は、原発に関するゲイツの知識の深さに感心したと振り返る。昼食時も雑談は一切なし。話題はずっとエネルギーだった。

 午後は場所を京浜事業所(横浜市鶴見区)に移して工場見学。「ワオ!」。原発に使う巨大なタービンなどを前にゲイツは興奮気味だった。視察は夕方4時まで続いた。分刻みのスケジュールで世界各地を飛び回るゲイツが、ひとつの会社で丸1日を過ごすのは極めて異例だ。

 東芝とテラパワーが原発技術の情報交換で合意するのに1か月とかからなかった。守秘義務契約は12月1日付。お互いの技術者が日米を行き来しての協業が今後、本格化する。

「夢の原子炉」への執念

 テラパワーが早ければ2020年代の実用化をめざすのはTWRと呼ぶ原子炉だ。一般の原発では使えない低品位の劣化ウランを燃料とし、一度稼働すると途中の補給なしで最長100年間の長寿命運転が可能とされる。構造は比較的単純で安全性も高い。長期間の利用に耐えられる材料の確保という課題はあるが、建設、運用コストが安く済む「夢の原発」といえる。

 地球温暖化を防ぐ有力手段として原発は世界的に建設機運が高まっている。テラパワーは出力10万〜100万キロワットの原子炉を研究中とみられ、特に小型炉は中国など新興国での需要急増が期待できる。

 TWRの基本設計は固まっているが、実用化にこぎつけるには、理論を形にする「もの作り」の能力が欠かせない。その担い手としてゲイツが目をつけたのが東芝だ。日本勢では最も世界シェアが高いパソコンメーカーであり、マイクロソフトにとっては基本ソフト(OS)の大口顧客。パソコン部門出身の西田はゲイツと旧知の間柄だ。

 東芝が2014年に米国で1号機の着工をめざす小型炉の4Sは、炉心部分をのぞき、「技術の8割がTWRに転用できる」(関係者)。実証用の原子炉の生産だけでなく、将来の量産委託まで視野に入れれば、「もんじゅ」など原発建設の経験が豊富な東芝はテラパワーにとって魅力的なパートナーとなる。

 東芝にとっても悪い話ではない。2006年におよそ6400億円を投じて米原発大手ウエスチングハウスを買収し、半導体と並ぶ事業の柱として原発を位置づける。ゲイツ原発にも一枚かめれば事業拡大に弾みがつく。東芝首脳は「いずれゲイツ氏と協力契約を結ぶことになるだろう」と打ち明ける。

中国との連携も視野に

 東芝訪問に先立ってゲイツは中国にも立ち寄っている。原子力関連機関をいくつか回り、原発開発会社の国家核電技術公司とは技術協力の覚書も交わした。話の展開次第では、ゲイツをつなぎ役として事実上、日米中にまたがる次世代原子炉プロジェクトにつながる公算もゼロではない。

 TWR研究の歴史は長い。技術の概念は1950年代に提唱されており、「水爆の父」である故エドワード・テラー博士も貢献者の一人だ。ただ理想的と分かってはいても、未知の原発に対する巨額の資金集めは難しく、実用化への具体的な動きが進まない状況が続いてきた。

次世代原子炉に応用する小型原子炉「4S」の模型(横浜市磯子区の東芝磯子エンジニアリングセンター)

 「ゲイツ氏が出て来たとなれば話は全然違ってくる」。そう指摘するのは東京工業大学の関本博教授。TWRとほぼ同じ「キャンドル」と呼ぶ原子炉の研究者として知られる。テラパワーの要請で2009年秋には米国まで出向きコンサルタントとして技術面の助言をした。

 ゲイツの個人資産はざっと5兆円。世界トップ級の富豪はポケットマネーも巨額だ。ゲイツは資金面からテラパワーを支えるオーナーの立場にある。同氏に近い筋によると1000億円単位で投資する用意がある。

 資金面だけではない。ゲイツの人脈は世界の財界人、各国政府の首脳に広がる。原発立地など政治的要素の絡む問題でも突破口を見いだしやすい。「次世代原子炉の研究開発が大きく進展する可能性がある」。関本教授はゲイツの参入を歓迎する。

「地球を救う男」になれるか

 原発とゲイツ。両者を結びつけたのは、元マイクロソフト最高技術責任者(CTO)のネイサン・ミアボルドだ。現在、新技術の開発や特許管理を手がける米インテレクチュアル・ベンチャーズ(IV)のCEOを勤める。IVは原発を有望分野とみて、開発主体となるテラパワーを立ち上げた。本格的な研究開発に乗り出したのは2006年。ゲイツがマイクロソフトからの引退を表明し「第二の人生」を探り始めた時期と重なる。

 ただ、すでに巨万の富を手にしたゲイツにとって、単なる金もうけなら打ち込む意味はない。

 ゲイツは2008年7月にマイクロソフトの非常勤の会長となってからは、メリンダ夫人と運営する財団での慈善活動に力を注いできた。パソコン用OS事業で大成功し悠々自適の暮らしぶりは、ハッピーエンドの起業家物語に見えるが、ゲイツにとっては必ずしも「完全燃焼」と言い切れない。

 IT(情報技術)業界の主戦場となったインターネットではグーグルが台頭しマイクロソフトの存在を脅かす。ゲイツと同じ1955年生まれのアップルCEO、スティーブ・ジョブズは「iPod」「iPhone」とヒットを連発してスポットライトを浴び続ける。パソコンで圧勝したはずのマイクロソフト、ゲイツの存在感は薄れがちだ。このままでは終われない――。ゲイツを原発に駆り立てるのは、誰にもまねできない、突き抜けた実績を残したいという欲求だろう。

 2010年2月12日、ゲイツは米カリフォルニア州で環境問題について約20分間スピーチし、「もしも願いが一つだけかなうなら、現在のコストの半分で、二酸化炭素(CO2)を排出せずにすむエネルギー源を手に入れたい」と発言した。それがリップサービスなどではなく本音であることは、水面下で着々と準備を進める原発ビジネスが証明している。

 「パソコンの覇者」から「地球を温暖化の危機から救った男」へ。新たな称号を求めてゲイツの挑戦が始まった。

超小型原子炉への期待−事故可能性が極小の原子力利用法の提案
人類が原子力を手にしてしまったのは現実であり、軍事・平和利用に関わらず原子力技術を手放すことは有り得ない。
チェルノブイリ〜スリーマイル〜フクシマと不幸にして原子力発電所の事故は続いてしまった。脱原発・反原発のウネリは津波のように生じたが世界は全体として原発建設が停止することはない。とりわけアジア・中近東・アフリカ地域で今後多数の建設が予定されている。
これまでの事故の反省を踏まえてより安全な原発の開発が急務である。そして具体的な開発が推進されている。次の記事はその一例である。その開発が日本で行なわれていることも意味深い。
私は原子力の研究者です。50年以上前に私は東京工業大学大学院の原子炉物理の学生になりました。その際に、まず広島の原爆ドームと資料館を訪ね、原子力の平和利用のために徹底的に安全性に取り組もうと決心しました。1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故は、私の具体的な安全設計追求の動機になり、安全性が向上した原子炉の姿を探求しました。

私が動力炉・核燃料開発事業団に勤務していた1977年頃、天災を含む共通原因故障による原発での全電源喪失の危険を指摘して対策を訴えていましたが、力不足で充分には理解されませんでした。懸念が現実になったことが悔やまれます。

原発事故によって拡散した放射性物質の出す放射線量は観察されている限り極小です。そのために、福島県、東日本でこれによる健康被害が起こることはありえません。被害は放射能そのものではなく、退避したことによるさまざまな問題によって発生しております。

ですが、この低線量被曝の問題はまた機会を改め、このコラムでは安全性の高い小型原子炉の構想について紹介します。

小型化になぜ魅力があるのか

私は構想する小型原子炉を「4S」と名付けました。「スーパーセーフ、スモール、アンドシンプル」の頭文字です。

これまでの原子炉では、核燃料のある炉心に、中性子を吸収する制御棒を出し入れして、核分裂反応の量を増減させて出力をコントロールしました。

「4S」原子炉では制御棒ではなく、炉の冷却材の温度が核分裂反応の量を調整します。原子炉には、核分裂反応をする燃料の置かれた炉心があります。その周囲に冷却材があります。この炉では冷却材としてナトリウムが使われ、原子炉から熱を運び出します。

炉心の温度上昇が起こると、燃料も含め炉心内の全ての物質の密度が下がります。そうすると原子と原子の間隔が広くなるので、勢いよく跳びまわっている中性子はぶつかる相手(原子)が少なくなります。すると、より多くの中性子が炉心外に漏れ、前述のウラン235原子に飛び込むことができず、時間の経過とともに核物質の連鎖反応は続かなくなって炉の温度は下がります。

冷却材の温度を下げれば、冷却材の密度が増して中性子の周囲への漏洩が少なくなり、核分裂反応が増加して、原子炉の発熱は増加。冷却材の温度が上がれば、冷却材の密度が下がり、中性子の周囲の漏洩が増えて、核分裂反応が減って、原子炉の発熱は減ります。この現象は超小型炉だからこそ発生するのです。
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図表1 小型原子炉の概念図

小型ゆえ安全性が高まり、どこにでも置ける
原発は大型化が進み、機械の数、動く装置の数が多すぎます。その結果、故障と事故の可能性が増えてしまいます。また巨大な原子炉では核分裂反応を続ける力が大きすぎ、温度をコントロールできなければ炉そのものが損壊する危険があります。

主な特徴を述べます。

1・超小型化:出力は1万キロワットから数万キロワット。炉心の直径はわずか90センチ、高さは約4メートル。小型炉のため、部品数は原子炉部分で50個以下しかありません。これに至ったきっかけは、原子炉物理の学生としての核計算演習でした。

直径1メートル程度の細身炉心では、事故で冷却材温度が上がると密度が下がるので、中性子が炉心から逃げ出しやすくなり、原子炉は自分から核分裂連鎖反応が継続できなくなるという本質的な安全性を知ったことだったのです。

2・自律的な原子炉の冷却:こうした構造の結果、興味深い状況が生まれます。発電の状況に応じて、自律的に原子炉の冷却が行われるのです。

発電機の出力が大きくなると、そちらにエネルギーを持って行かれるので、原子炉冷却材の温度が下がります。温度が下がると冷却材密度が上がり、中性子が漏れにくくなり原子炉の熱出力が増加するのです。逆に発電機出力が下がると、原子炉の冷却材温度が上がり、その結果原子炉の出力が下がります。完全な自動負荷追従特性が出現して制御棒無し、運転員不要という世界に例のない原子炉構想が生まれました。

3・燃料の長期使用と安全性:米国のアルゴンヌ原子力研究所との交流によって原子炉の燃料に使われる「金属燃料」が工夫次第で長期に使える素晴らしいものがつくれることを知りました。燃料棒の本体は特殊な合金を使い、約40年の使用が可能と想定されています。

細身の炉心にして中性子の漏洩を抑える環状の反射体を設けて、それを超低速度で30年かけて上端まで移動させるという方法で、30年間燃料無交換の原子炉の構想が生まれました。ついでながら事故で燃料の温度が上がると、金属燃料は泡になってしまい、核分裂連鎖反応は全く不可能になります。

4・場所はどこにでも:これまでの原発では電源喪失時に水は蒸発して炉心が露出してしまいます。この小型炉は冷却に水を使いません。川や海の傍らに置く必要がなくなり、またその小ささと超安全性からどこにでも設置できるため、送電線網が不要になります。

この小型炉について、理論的検証はほぼ終わりました。日本国内ばかりでなく、1997年に米国原子力開発の指導者エドワード・テラー博士の指示により、米国カリフォルニア大学とローレンスリバモア研究所によるチームでこの4S構想について、1年間成立性評価が実施されました。その結果充分成立するとの評価報告が米国エネルギー省になされました。

IAEA(国際原子力機関)は海水脱塩で、途上国などにおける飲料水作りでこのコンセプトに関心を示しました。また北アフリカや中東、最近はアジア圏諸国も注目しています。「4S」原子炉があれば、海水脱塩で飲料水を作るのに、巨大な送配電網無しで電気が作れます。

(IAEA 2002 Status of design concepts of nuclear desalination plants” (原子力を使った淡水化施設の設計構想の状況)項目3—12、112ページに掲載)

安い大量のエネルギーが貧困問題を解決
原子力研究の50年の教訓として、複雑な機器系統、多くの機器が使われるほど故障と事故の確率が高くなります。スリーマイル島事故は人間の運転ミス、チェルノブイリ事故では原子炉緊急停止装置の不備と故障が事故の主原因になりました。

福島の原発事故では、冷却装置の不作動で炉が高温になり部分損壊、さらに高温になった燃料被覆管の酸化などで発生した水素が爆発して放射性物質を拡散させました。これらの事故を起こした諸問題は、「4S」原子炉では発生しません。

もちろん実際の設計製造実用化には時間がかかり、乗り越えなければならない問題も多くあるでしょう。ですが「4S」原子炉の実現によって、原発の安全性は非常に高まるはずです。さらに量産化に適した設計を追求すれば、特に低コストの超小型電源が普及するでしょう。

安全な原子炉を作ることは充分可能です。超小型独立電源の実現によって、送電線のない僻地や島をはじめ、水や食糧がなくて困っている全世界の人々に、安全で低コストのエネルギーを充分に提供できます。

服部禎男(はっとりさだお)1933年生まれ。名古屋大学工学部卒業後、中部電力に入社。東京工業大学大学院、米国オークリッジ国立原子力研究所で学ぶ。工学博士(東京大学)。動力炉・核燃料開発事業団(現日本原子力開発機構)などを経て電力中央研究所理事などを歴任。

(参考)米国で得た4S原子炉の特許の1ページ目。概念図が掲載されている。(PDF

夢の原発「TWR」、実現への道〜ベンチャー企業の挑戦


 発電時にCO2を排出しない技術として脚光を浴びる原子力発電。世界中で開発競争が激しくなる中で,ひときわ注目を集めるベンチャー企業がある。Bill Gates氏が出資する,TerraPower社だ。同社の開発する原子力発電システムは,経済性や安全性,核不拡散などを同時に満たすという。TerraPower社は,この夢のような原子力発電システムの実現に向けて,世界中から技術を呼び込み始めた。

 2006年のある日。知的財産投資会社の米Intellectual Ventures Management(IV)社に,さまざまな分野の専門家が集まっていた。同社で恒例となった,将来技術について議論する会議「invention session」を開催するためだ。IV社の二人の創業者が共に米Microsoft社出身ということもあってか,会議室にはBill Gates氏の姿もあった。

 会議では,エネルギー問題の解決に向けて,新たな原子力発電システムの開発にも話が及んだ。安全性や経済性に加えて,核不拡散や廃棄物の削減といった要件を満たすにはどうしたらいいのか。一つの解として,燃料交換を長期間不要とするアイデアが提示された。アイデア自体は,古くからあるものだ。会議に参加した原子力発電の専門家であるLowell Wood氏も,「水爆の父」として知られるEdward Teller氏との共著で1996年にこのアイデアの論文を発表している。しかし,実現には至っていない。

 今ならスーパーコンピュータなどを使って,開発を加速できるかもしれない。そう考えたIV社は,ベンチャー企業の米TerraPower社を設立して,理想の原子力発電システム「TWR(traveling-wave reactor)」の実現を目指すことを決める。出資者にはIV社のほかに,Bill Gates氏も名を連ねた。

ほかのエネルギー技術に波及

図1 夢の原子力発電を目指す  新たな原子力発電システムが目指すのは,経済性と持続性,安全性,核不拡散,廃棄物削減をすべて満たすことである。実現すれば,ほかのエネルギー関連技術にも影響を与えることになる。
 理想の原子力発電システムの実現を目指しているのは,TerraPower社だけではない。発電時にCO2を排出しない技術として脚光を浴びる原子力発電システムは,世界中で開発が活発になっている。

 こうした中から新たな発想の原子力発電システムが実現すれば,現時点でも安いとされる原子力発電の発電コストがさらに下がる可能性がある。安全性や核不拡散などの要件がそろえば,設置場所の多様化にもつながる(図1)。

 安くて使いやすい原子力発電システムが現実のものとなれば,ほかのエネルギー関連技術にも影響を与えるだろう。例えば太陽電池分野では,原子力発電の発電コスト(7円/kWh)に追い付くことを長期目標として掲げているが,より安価な原子力発電システムが実現すれば目標の再設定が必要になる。小型でメンテナンスが不要,さらに核不拡散などの条件をクリアし,離島などで使える原子炉ができれば,既存のディーゼル発電機からの置き換えが進む。この市場は再生可能エネルギーも狙っており,競争が激しくなりそうだ。

 果たして,そのような夢の原子力発電システムの実現は可能なのか。技術的なハードルは高いものの課題は見えており,解決に向けた取り組みが進んでいる。ここに,IT技術を駆使するベンチャー企業という新たな開発の担い手が登場したことで,これまでと異なる手法で開発が加速するかもしれない。困難だが,実現に向けた道筋は徐々に見えてきそうだ。

人材,資金,スピード

 欧米や日本などの国が主導する国際的な開発計画では,現在主流の軽水炉や将来の高速炉などの開発が着実に進んでいる。現在は,2030年ごろの実現を目指して,第4世代と呼ばれる次世代炉を開発中だ(表1)[注1]。ここでも経済性や持続性,核不拡散性などの目標が掲げられている。


表1 次世代の原子力発電システム  国が主導する国際的な開発計画とは別に,企業や研究機関では新たな原子力発電システムの開発が進んでいる。燃料の交換が30〜100年間不要になるのが特徴で,早ければ2010年代後半にも登場しそうだ。表中のイラストは,各社が提供。


 TerraPower社の動きは,こうした国際的な開発とは別の,独自のものだ。優秀な人材に裏打ちされた技術力と,そこに集まる資金,ベンチャー企業ならではのスピードを強みとする(図2)。


図2 知財投資会社が原発へ進出  IV社は,原子力発電システムを開発するTerraPower社を立ち上げた。メンバーには「水爆の父」として知られるEdward Teller氏と関係が深いLowell Wood氏も加わっている(a)。スーパーコンピュータを活用することで,効率的な開発を目指す(b)。〔(b)の写真:IV社〕

 TerraPower社には各分野の専門家40人が常勤するほか,75人の技術コンサルタントが脇を固める。技術コンサルタントには,TerraPower社の発足前から同様のアイデアを独自に提案していた東京工業大学 原子炉工学研究所 教授の関本博氏も含まれる(本記事冒頭にあるコラージュの右下の写真)。関本氏によると「メンバーには米国で第4世代炉の開発を主導してきた研究者も含まれていて驚いた」という。

 こうしたメンバーが開発を進めた結果,発足から3年余りの2009年9月に米国の原子力関連学会誌『Nuclear News』の表紙をTerraPower社が飾ることになる。これをキッカケに,同社の技術に急速に注目が集まり始めた。関本氏の国際会議での発表にも,より多くの人が集まるようになった。

[注1] 第4世代炉の候補としては,超高温原子炉(VHTR)やナトリウム(Na)冷却炉(SFR),ガス冷却高速炉(GFR),超臨界圧水冷却炉(SCWR),鉛合金冷却炉(LFR),溶融塩炉(MSR)がある。このうち,VHTRやSFRに多くの国がかかわっている。

新たに資金を獲得

 TerraPower社は,独自の技術開発だけではなく,外部からの技術を積極的に取り入れて開発を加速する方針を採る。その際に役立つのが,社内の原子力関連の専門家やBill Gates氏らの人脈である。

 2009年11月には,Bill Gates氏らが日本を訪れて東芝と協力関係を構築し,さらに中国へと足を延ばしている(図3)[注2]。「社名は公表できないが,東芝以外とも協力関係にある」(IV社Business Development DirectorのNicholas Gibson氏)という。

図3 Gates氏がTerraPower社に出資  TerraPower社の出資者の一人であるBill Gates氏は,2009年11月に東芝の原子力発電システム開発拠点「磯子エンジニアリングセンター」を訪問した。(写真:東芝)

 こうした人材と技術力が,資金を呼び込む好循環を生む。2010年6月には,ベンチャー・キャピタルの米Charles River Ventures社と米Khosla Ventures社が,合計で3500万米ドルを出資した。「当初の出資者であるIV社やBill Gates氏は,いわば身内。今回,外部から資金が入ったことで,TerraPower社の技術が認められた」(IV社のGibson氏)とする。

 新たな資金を得たTerraPower社は,この勢いに乗って2010年中に原子炉のコンセプト設計を終える計画だ。さらに,試作炉の建設を経た後に,2020年代前半には最初の商用炉を建設するという。2006年創業のベンチャー企業が,国際的に開発が進む第4世代炉よりも先に商用炉の完成にこぎ着けるという大胆な計画だ。スピード重視のベンチャー企業ならではの発想である。

[注2] Bill Gates氏のほか,IV社CEOのNathan Myhrvold氏とTerraPower社CEOのJohn Gilleland氏が訪問した。
 米国のベンチャー企業TerraPower社が開発する原子力発電システム「TWR(traveling-wave reactor)」。このシステムは,現在主流の軽水炉とどこが違うのか。

図1 炉内で新たな燃料を生成  TerraPower社は,燃料の燃焼に合わせて新たな燃料を生成する手法の実現を目指している。

 最大の特徴は,燃料の燃焼メカニズムにある。一般的に軽水炉は,臨界[注1]に必要な量以上の核分裂性物質(濃縮ウラン)をあらかじめ入れておき,燃焼の状態に合わせて中性子を吸収する制御棒を徐々に引き抜くことで,臨界状態を保ちながら発電する。燃料交換は数年ごとだ。

 これに対してTWRは,核分裂性物質を生成しながら発電する。例えば燃料として劣化ウランを充填(じゅうてん)した場合,中性子を受けた劣化ウランがβ(ベータ)崩壊などを経て徐々にプルトニウムに変わる。このプルトニウムが核分裂して,その際の熱エネルギーで発電するとともに,このときに放出した中性子が別の劣化ウランをプルトニウムに変える引き金となる(図1)[注2]。徐々に燃焼領域が移動するため,燃料交換せずに60〜100年の長期間にわたって発電を続けられるのである。

 さらに,制御棒がなくても臨界状態を維持できるため,構造が簡素化できてコスト削減につながるほか,事故の際に超臨界[注3]に達しないという利点を生む。

 このほかのTWRの利点としては,燃料サイクルを簡素化できる点が挙げられる。軽水炉に使う濃縮ウランは,埋蔵量に限りがある天然ウランを濃縮して作る。これに対して劣化ウランは,既存の軽水炉から使用済み燃料として出てくるのでそれを利用できる。濃縮工程が不要なほか,これまでの豊富な在庫が存在する(図2)[注4]。さらに,TWRは燃焼度が高いため,使用済み燃料の量も削減できる。


図2 核燃料サイクルを簡略化  TerraPower社は,既存の軽水炉に比べて燃料の濃縮や再処理などを不要とすることで,低コスト化が可能になるとする。

[注1] 臨界とは,核分裂によって発生した中性子が次の核分裂を引き起こす連鎖反応が持続する状態をいう。
[注2] TWRの最初の炉心では,中性子源として濃縮ウランが必要になる可能性がある。後述する東京工業大学のCANDLEも同様である。なお,TerraPower社では燃料の候補として,劣化ウランのほかにトリウムも検討している。
[注3] 超臨界とは,核分裂による連鎖反応が徐々に増加する状態。
[注4] 高速炉では,軽水炉から出た使用済み燃料を再処理しプルトニウムを取り出して使う。TWRでは,この再処理の工程も不要である。
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